「いかにサステナブルな社会を構築していくか」という問いは、日本にとっては、原発停止後の化石燃料の消費増加等のエネルギー問題、中国にとっては、pM2.5問題に象徴される公害問題という形で問われており、それぞれに対して、エネルギーミックスの策定、「新常態」政策などといった重大な政策決定という形でのアプローチが、今まさにとられている。
「サステナビリティ」に関する課題は、経済や外交安全保障などその他のトピックの裏に隠れがちである。しかし、上述したことから、実は「サステナビリティ」は日本・中国双方にとって今まさにホットな課題となっていると言うことができるのではないだろうか。日中両国において今後の両国の将来を担う若い世代の学生が互いに意見を戦わせることを通じてかような課題について真剣に考え、知見を深めることの意義はそこに存すると言え、それはまさに本分科会が存在する「理由」である。
議論に先立って、我々はサステナビリティを「次世代の人々の生活水準と発展、および自然環境と人々の健康福祉を保全するような形で資源を開発・活用すること」と定義した。一般に「サステナビリティ」という単語には環境保護のニュアンスが強く含まれるイメージがあるが、単に環境を保護するのみならず、経済発展を通じた人々の幸福の増進までを包摂してこそ「サステナビリティ」は達成されるとの認識が共有された結果、上述のように定義されることとなった。
続いて、現状の日中両国それぞれにおける課題の認識を深めることを目的として、北京大学側によりpM2.5問題に関する報告、東京大学側により原発に関する報告がなされ、それらに基づいた議論が行われた。
最も興味深かったのは、pM2.5問題が中国のサステナビリティにおけるマイルストーンとなるかについての議論の中で呈された「pM2.5問題が中国におけるサステナビリティに関する意識をかえって上昇させた」というある意味皮肉な展開が生じたとする北京大生の見立てであった。近年中国の経済成長は鈍化し、直近では上海市場の株価暴落などの大きな経済問題を多く抱えている。その中で、「1日に数十本タバコを吸うのと同じ」効果をもたらすと言われるpM2.5問題は発生している。この事実は、中国社会に存在する多くのアクターを「サステナビリティ」、すなわち、「経済発展と環境保護の調和をいかに図るか」という問いに直面させている。 そのようなことを、彼らの認識は示唆するのかもしれない。
さて、そもそもサステナビリティに関する認識がどのように形成され、サステナブルな社会を構築するために必要となる要素は何なのだろうか。これらを明らかにすることは、日中双方の認識の共通点・差異を見出し、サステナビリティに関わる諸課題を解決していくためには不可欠であろう。
まず、一つ目の問い、すなわち、「日中両国におけるサステナビリティに関する認識はどのように形成されたのか」について、東大側が日本、北京大側が中国におけるサステナビリティの認識形成のプロセスに関する分析を提示した上で、それに基づく議論を行って一定の解を導出することを試みた。
まず、東大・北京大側が互いに互いの分析を予想し合った。これらの予想は見事に異なるものだったが、実際の双方による認識形成プロセスに関わる分析は極めて似通ったものになるという非常に興味深い結果となった。その中で最も印象深かったシーンは、東大側が「中国における政府の力は人々の認識にまで食い込んでいるのではないか」という仮説のもとで予想を提示したのに対し、北京大生がそれを否定する分析を提示した時であった。
次に、「サステナビリティを達成するにあたり重視すべきことは何か」という問いに挑戦した。この議論は、東大側・北京大側双方がそれぞれサステナビリティを達成するために最も重視すべきだと考える3つの要素を提示し合った上で、その共通点・差異の原因は何なのかについて意見を交わす形で進行した。
「3つの要素」について、東大側が「エネルギー効率の上昇および最適なエネルギーミックス・国内資源の適切な管理・グリーンテクノロジーのイノベーション」を提示したのに対し、北京大側は「貧困(格差)問題解決・技術発展・環境政策の効果的な施行」を提示した。これらの3つの要素を分析すると、大きく見て東大側は環境問題の解決に重きを置いたのに対し、北京大側はどちらかと言えば経済問題の解決を重視しているということが分かる。これらの差異は、いかなる理由で生じたのだろうか。議論の中で、日本の経済成長はある程度のレベルに達し、地域格差も比較的小さいのに対し、中国においては、GDPは世界第2位ではあるものの、一人あたりのGDPは依然低レベルであり、深刻な地域格差が存在していることが注目された。このことは、日本は、引き続き経済発展が重要なテーマであることは自明ながら、他国と比較して環境保護により取り組みやすい状況下にある一方で、中国は経済発展が最重要であり、環境保護を重視することに依然として障害があるという認識につながる。そして、かような「サステナビリティの段階の差異」がそのまま「3つの要素」の差異につながったという一定の結論が共有された。
ただし、日本においても、経済や生活の利便性の向上のために大きな経済発展を必要とする地方都市があること、逆に、中国においても、経済発展が一定のレベルに達したことによって、環境保全も重視するようになった都市があることも事実である、という認識が、ある2人のメンバーの出身地についてのプレゼンテーションで共有されたことも議論に深みを与えるハイライトであったと思う。
北京セッションの議論全体を通じ、結果として様々な日中双方の認識の共通点や差異が認識された。その中で、多くのメンバーが、サステナビリティに関連する側面でも、サステナビリティに関連しない側面でも各自の中での互いの国に対する認識が変わった点があったと述べたことは、本分科会の北京セッションが一定の成功を収めたことの証左となろう。ただし、日中双方の認識の異同を明らかにするだけでは、議論として十分な成果をあげたことにはならないことも認識しなければならない。東京セッションでは、さらに多くの必要な要素を自由闊達な議論を通じて導き出し、より完成度の高いアウトプットを最終報告会でお見せできるように努力する決意である。
今回の北京セッションでは、フィールドトリップ先として、太陽光発電を推進するHanergy社、エネルギーの効率活用に関わるコンサルティングサービスを提供するPRO-TECHT社にお世話になり、中国におけるサステナビリティの取り組みについて大変有益な示唆を頂いた。また、本セッションは、北京大側の努力がなければここまでの成果を出し得なかった。言葉の壁があり直接伝わらないのが大変残念ではあるが、心から感謝申し上げる次第である。
サステナビリティ分科会 幅上 達矢