香港中文大学に到着した際に、私が一番に衝撃を受けたのはそのキャンパスの大きさだった。街全体が一つの大学であるという説明を受けてもにわかには信じがたいような広さのキャンパスで、私たちPost-truth分科会のメンバーは非常に国際的な学生たちとジャーナリズムの授業を受ける機会に恵まれた。
香港中文大学の学生との交流は、「大学駅」に着いてキャンパスに向かうためのバスの中から始まった。バスの中で大学全体の寮などの施設についてわかりやすい説明をしてくれた学生はVarsityという学生によって運営されるメディアの編集長だった。とても親しみやすいのにこちらの問いに簡潔に答えてくれ、フィールドワークの一番最初から彼女のような優秀で尊敬できるような学生と間近で話すことができて本当に幸運だったと思う。
授業内では彼女がまずVarsity(https://varsity.com.cuhk.edu.hk/)についての説明をしてくれた。大学から資金的な援助を得ている学生による情報誌で、白紙運動や中国本土の労働市場の現状などについての記事を出している。ホームページだけでなくInstagramやTwitterなども活用しており、なるべく多くの人に記事を届けたいという思いがこの特別授業を通してひしひしと伝わってきた。
ホームページで公開されている2019年からの香港についての動画(https://varsity.com.cuhk.edu.hk/index.php/2022/01/to-stay-or-not-to-stay/)も紹介してもらった。この動画の中では、香港の未来を楽観的に捉える教授の意見が紹介されており、その理由として1942年に日本が香港を占領していた際の方がより酷い人権侵害が行われていたという点が挙げられていた。香港と中国本土との関係性を取り上げるということだけでも北京大生がいる場ではセンシティブなトピック選定であると思っていたところに、今では民主的な香港を支持している日本の過去の過ちにも触れられ、教室の雰囲気はなんとも言えないものであった。時間軸を長くとったり、物事を見る視点を変えるだけで軽々しくどの国が悪いと言えないということを痛感した。
白紙運動についての記事を出したり、上記のような民主化関連のデモについてなどの記事や動画を出版しているVarsityだが、中国共産党による監視体制が強まっている中あるジレンマに直面しているという。それは、この情報誌が有名でない分内容について統制をされないが、世の中に広まらなければ自分たちの伝えていることも広まらない、ということだ。
ジャーナリストとして、このジレンマはどれほどもどかしいものか、私には想像することしかできない。あの教室にいた学生たちは、事実に基づいた報道を行なっていることを非常に大事にしており、読者に迎合したような記事は書かないという点を強調していた。また、一つの記事を一から書くのは非常に骨の折れる作業で、ネタを探してきて書いてもそれが全部否定されて最初からやり直し、ということもあるそうだ。
これほど強い信念を持って書き上げた記事はぜひ世界中に広まってほしいと思うが、それによってかえって自由に報道するトピックを決められなくなってしまうのならそれも勿体無い気がしてしまう。香港におけるジャーナリズム界の抱える問題の縮図を垣間見ることができた気がして非常に示唆に富むものがあった。また、このような情報統制は一般市民をより「真実」から遠ざけることにもなりかねないという点でpost-truth現象との関連についても深く考えさせられる授業であった。
授業が終わった後は、空きコマがある学生たちにキャンパス内にある学生食堂に連れて行ってもらった。私は(十分美味しいと思ったが、香港中文大学の学生の評価は厳しかった)ワンタンを食べながら、お互いの大学のことや日本についての話をして過ごした。例えば日本における物価高騰について聞かれたり、安倍氏暗殺について日本人がどのように思っているのかを聞かれたりした。ある学生の日本人のほとんど全員が安倍氏の死を悲しんでいるのかと思っていたという見解は私たち東大生にとっては意外なもので、認識の差異を非常に興味深く思った。
香港中文大学には日本に関心のある学生が非常に多く、日本に渡航予定の人も多かったので、近々また対面で会えるのを楽しみにしようと思う。北京大生だけでなく、他大学との交流を持つことができた非常に刺激的な経験であったと思う。
(Post-Truth分科会、酒巻)