問い
ポストトゥルースはなぜ起こったのか。
議題背景
2016年のアメリカ大統領選挙から一躍注目を集めるようになったポストトゥルース、これが私たちの議題であった。なぜ5年経った今、この議題を議論するのか。それは、5年経った今も尚この問題は色褪せず、5年たった今だからこそさらに深刻化してしまっているからである。パンデミック、戦争。歴史的な社会不安が全世界を襲う中、フェイクニュースの増加は加速の一途を辿っている。今回のセッションでは「原因」に焦点を当て、アイデンティティ/群集心理/政治の三つの段階において、それぞれどのようにポストトゥルースに影響を与えているかを分析した。(藤城正樹)
成果
①アイデンティティ
アイデンティティは個人の信念の形成に多大な影響を及ぼしていると言える。私たちはアイデンティティを社会的役割と自己認識が互いに影響しあって形成するものと定義した。社会的役割は個人の行動に多大な影響を与えるが、我々は自分のアイデンティティを選ぶこともできるからである。一方で、協調的行動の概念から我々の行動を分析することを通し、人々が如何に社会からの影響を受けるかについても考察した。また、同じ情報でもアイデンティティの違いによって捉え方に違いが出る点にも触れた。これらの議論を通し、私たちが信念の形成や情報の選択をする際、アイデンティティからの強い影響は避け難いものであることで一致した。更に、アイデンティティは個人に固有の信念を形成するのに重要な役割を果たす一方で、その信念は偏ったものになるという危険性があることも指摘された。最後に我々は自身の信念には弱点があることに自覚的になり、他者の意見も尊重しながら「真実」を追い求める姿勢が重要であると結論づけた。(酒巻あす香)
②群集心理
ポストトゥルース現象に関連する概念として、群集心理がある。私たちはこれを「個人が集団の中に置かれた際、深く考えることなしに、もしくは感情に従って、周囲に合わせた行動をとること」と定義した。すべての出来事について判断を下すことは現実的に不可能であるため、この心理は人間にとって本能的だと言える。群集心理のポジティブな効果として、ブレグジットのような大衆運動を拡大させることが挙げられるが、これらの運動がポストトゥルース的状況を引き起こしたとも言える。したがって、群集心理はポストトゥルース現象の原因の一つとして考えることができるが、この正の側面をポストトゥルースの打開策として利用することは難しいと結論づけた。
また、群集心理によって発生した運動やポストトゥルース現象を、公共圏の拡大あるいは民主主義の産物として捉えることができるのかについても議論を行ったが、結論が出なかった。さらに、今回の議論を経て「民主主義社会におけるポストトゥルース現象は不可避なのか」「どのような社会を理想とするのか」といった疑問が新たに生まれた。次期セッションではこれらの問いに加えて、ポストトゥルースの解決方法について議論を深めていきたい。(加藤奈々子)
③政治の分断
ポストトゥルースの代表的事例であるアメリカにおけるQアノンやイギリスのEU離脱は、いずれも政治の分断に起因するものとされている。
この前提に基づき「政治の分断」をテーマとしたが、セッションの準備のために北京大学の学生との議論を重ねるうちに日本と中国では政治をめぐる状況があまりに違うことに気づかされた。
「中国の政治には分断はないと思う」と北京大の学生が語るのを聞き、中国と日本の政治の状況を比較検討することを夏のセッションの目標とすることとした。セッションではナショナリズムとグローバリズムについて日中の違いについて議論した。日本ではナショナリズムは政治的には右派に属するとされ左派のリベラリズム的な立場とは反対側に位置するものだと考えられているが、中国においてはナショナリズムとは中国共産党への尊敬の念のような意味を含み、それらは「左派」に属するとされているという。またグローバリズムついて、中国ではグローバリズムの文化的側面への批判が、日本では経済学的側面への批判が多いのではないかという興味深い意見が議論の中で提案された。
議論を終えての中間発表で、中国では日本と比べると驚くほどに社会に意見の分断や対立が少ないこと、それは中央の政府が異なる意見や立場を統一しようとする傾向があるためであること、それと比べて日本では異なる党や意見お互いに批判しあうという分断や対立があることを説明した。そして中国の状況は意見を単純化し盲信を生み、日本の状況下では異なる立場を偽情報や誤情報で攻撃する誘惑が生じるため、お互いの国で異なる政治の構造に起因した異なる理由でポストトゥルースが生じている、と結論した。(川口翔太郎)
今後の展望
今回のセッションでは原因に焦点を当てたため、2月の東京セッションにおいては解決策について議論を深めたいと考えている。勿論、ポストトゥルースという問題に対して万能薬は存在しない上、解決策を考える際には常にジャーナリズムや民主主義といった概念と衝突する。実際、今回のセッションで解決策が議題にあがった際は何度も膠着状態に陥ってしまった。しかし、次のセッションまでの半年で議論の下地をしっかりと準備することで、この厄介な問題を一つ一つ紐解いていきたい。(藤城正樹)